2010年4月30日金曜日

横浜高島屋美術画廊より

TYK牛込会長、ウィープロジェクト白石社長、お花をありがとうございました。前畑株式会社、坂﨑会長、電報ありがとうございました、「瀬戸黒で日本一になれ」とのおことば、心に刻みました。

ゆめみる織部工房群

2010年4月27日火曜日

多治見市の補助が決まった。

エネルギーは注入された。あとは、どこまで飛べるかわからないが、信念を持って、まっすぐに、全力で、テイクオフする。これからが、本当の挑戦のスタートとなる。

全国のみなさま、織部工房群、みにきてください。

mino@ichizaemon.org
明日から5月4日まで横浜高島屋で個展をしています。Ichizaemon、会場にいます。  

ゆめみる織部工房群

2010年4月25日日曜日

Ichizaemon ドローイング

Ichizaemon ©
ニューヨーク時代に、こんなドローイングも描いていました。上のピクチャーをクリックして鳥の目をしばらく見ていて。

2010年4月24日土曜日

多治見市まちづくり活動補助プレゼンテーション

多治見市役所の大会議室において、まちづくり補助のプレゼンテーションが行われた。この数カ月の間、この日のために、多くの方々と滝呂の将来について真剣に議論を繰り返してきた。 ほんじつ、その成果を発表することに、重圧感で体は汗にまみれた。そして発表を無事に終えることができたことにホッとすると同時に、みなさまのご協力に心より感謝するばかりである。
結果はともかく、ここまで辿りつけたことが、信じられなく、うれしい。

ゆめみる織部工房群

2010年4月20日火曜日

ぼくのニューヨーク 簡略編 6 アパートさがし。

日本クラブ時代 前回の続き 
マンハッタンの中はさすがに住めなかった。やすくて、便利、ということでクイーンズの地下鉄沿線で探すことにした。その当時、1ドル270円、レストランで働くと3000ドルほど皆稼いでいた。円に換算していつも驚いていた。ぼくの仕事は月500ドル、探すところもどんどん物騒なところになっていった。
地下鉄Fトレインのある駅で掘り出し物を見つけた。220ドル/月、早速紹介してもらいオーナーのマスカットさんにあった。彼女がいた僕は連絡をして、了承してもらい、そこにきめた。
「ジャクソンハイツ」、よる仕事を終えて帰るとアパートの入口近くにいつも麻薬をやっている連中がゴロゴロしていて、その人達をまたいで部屋に入っていく時が数年続く。麻薬のメッカだった。そこの思い出は多い。毎日のようにボクの部屋のドアの前に木くずが散らかっていて、少しづつ鍵穴を何かでこじ開けようとされたり、1階にあるクリーニング屋にYシャツを持っていったら、こんなものくらい自分で洗いなさいとやり方を教えてくれたり、人間味のあるところだった。すぐに慣れた。ニューヨークでは6回引っ越した。

心配することはない。

ぼくのニューヨーク 簡略編、 NYに惹かれる若いひとのために。

柴田一佐衛門 略歴 


ゆめみる織部工房群

2010年4月19日月曜日

古田織部がはたして織部焼を実際に指導したか

 鳴海織部茶碗(岐阜県陶磁資料館)
織部の妻「おせん」は摂津・茨木城主の中川瀬兵衛の妹、そして織部の妹はキリシタン大名の高山右近に嫁いでいる「ジュスタ」。美濃焼地元の城主は妻木氏で金山城主の森忠政(織田信長家臣、森蘭丸の弟)の傘下になる。その忠政の妻が中川清兵衛の娘、「ちぼ」であり、このような濃密な繋がりの中から、多くの意見があるがわたしは「古田織部がはたして織部焼を実際に指導したか?」という問題も見えてくると思うのだが・・・・

ゆめみる織部工房群

日曜日のできごと

● 滝呂陶祖祭
● 古田織部と妻せんの愛と炎の物語(創作オペラ)・オリベ陶を語る(7代加藤幸兵衛)多治見文化会館


ゆめみる織部工房群

2010年4月17日土曜日

瀬戸黒 横浜高島屋出品

Ichizaemon ©
撮影 跡部
Ichizaemon瀬戸黒、現代日本の陶芸家では織部風瀬戸黒と紹介してあります。

2010年4月15日木曜日

プチシンクタンク

本日のお客さま。織部工房群実行委員会に新しい女性メンバーがふえました。公文の先生です。
食文化、ファッションなど女性ならではの楽しい企画が織部工房群の可能性の幅を広げます。

プチシンクタンク、設立したいです。



ゆめみる織部工房群

2010年4月14日水曜日

本日、まちづくり補助の申請書提出

Ichizaemon ©
本日、市民文化課まちづくり補助の申請書を無事提出できた。この活動を通して知り合えた人は自分の人生の中でも記憶にないほどである。ほんとうに多くの方々の努力の結晶としかいいようがない。後は今月24日に開かれる審査のプレゼンテーションで、いかにして思いを伝えることが出来るか、というところまでたどり着いた。
この活動は美濃焼における小さな雫のようなものであるが、雫が創り出す美しい波紋が広がることを夢見ている。

織部工房群、癒しの聖地を目指して。

ゆめみる織部工房群